ちがうんだよおおおおおお
と叫ぶコーナーがやって参りました。
 
 
でもこの診断、英文を訳している感じが読み取るのに難しいですよね、ちょっとね、設問も診断結果もね、はい
 
 
発言の矛盾点を指摘することにかけては、ほぼ趣味と言ってもいいほど
 
 
はい、そうですね
いい歳して言葉を正しく使わないとか、行間で読めよ的な怠慢をされると はぁ? ってなっちゃいますね…。
「ちゃんと表現しようとしているけど言葉にならないことがある」人に対してはすごく集中力発揮して読み取ろうとするけども
 
 
私の言ってることが理解できないという人ほど、自分の言葉すら怠っている場合が多いので
「わかっていないのと否定をいっしょくたにすんなー!」
って思います
 
でも私もあまり正しく教育受けていないのでデタラメ多くて、多いからこそいかにして伝えるかを考えすぎた10代を送ったせいでへんなこだわりが出来てこのザマ。
 
しかし皮肉にも、INTP型の人達の言うことは常に鵜呑みにはできません。これは、INTP型の人達が嘘つきだというわけではなく、完全には確立されていない考えを共有する傾向があるためです。他人を、実際の話し相手として見るのではなく、自らのアイデアや論理について自分自身と討論する際の反響版として利用しているのです。
 
これな!これがな、ちょっと待ってくれよって
だいたい合ってるんだけれど、反響版として利用ってところがな、
自分の考えはあるんだけれど、それがあんまりに暴走してくると 自分が正しいのかどうか・根本的に間違っているのは自分の方なんじゃないのかって不安になってしまうので、信用できる誰かに聞いてほしいというかジャッジしてほしいという気持ちがあります。
それは昔から。。なので、答え合わせというか、答え見ないと不安でドリルにえんぴつで書き込めない みたいな感じです。
 
 
こうして絶えず考えながら、頭の中で本格的な議論を展開していることもよくあるため、物思いにふけり、孤立しているように見えることもありますが、顔見知りの人や同じ関心を持つ人々と一緒にいる時は、心底リラックスし、フレンドリーになります。しかし、見知らぬ人々に囲まれると、とてつもなく臆病になり、自分の論理的な結論や理論が批判されていると見て取ると、友好的な物腰がたちまち闘争的な態度へと一変します。
INTP型の人達にとって大きな壁となっているのは、絶えず付きまとう失敗に対する恐怖心です。自分の思考や理論に決定的な欠落がないかを心配して見直すあまりに、立ち往生し、自分の考えが正確に当てはまることは決してないのだという、実体のない世界の中に迷い込んでしまいます。
 
そういうことや。。
 
 
つまり、反響版サンキューどうも。